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月の湯
(Tsukinoyu)



 文京区という区名は「東京新聞」紙上で公募されたものらしい。この地域に学校が多いことにその命名の意図を見ることができるが、この区名が付いたことでさらにこの区のカラーを決定づけることになった。そもそも文教という言葉はあっても、文京という言葉はないはずだ。
 そして、目白台は、北の護国寺、南の早稲田の両方から見ても、小高い丘のような地形になっている。三代将軍家光が鷹狩の時に、この地に新長谷寺を置き、江戸城の南にある目黒不動に対し、この地を目白不動と命名したことが由来と言われている。

 今回紹介する月の湯はこの目白台の上に建っている。周りは狭い路地が行き交い、大変閑静な町である。月の湯の前の道も車がやっと1台通れる程の狭い路地である。
 さて、この月の湯。写真を見ていただければわかるが、大変古い。そして、古いだけでなく、ほとんど何も改修の手が加えられていないようである。建立の年は昭和8年。戦災を免れ、今もその堂々たる破風造りを見せてくれている。破風造りの立派さと古さでは、都内でトップクラスであろう。

 今回は、番台様と若女将様のご好意により、写真撮影、取材への多大なるご協力が得られた。しかし、若女将様はあまりさえないご様子だ。
 「こんな古い銭湯を取材してどうするのですか。いまにもくずれそうですよ。」「私どもはいつ廃業するかわかりません。取材していただいて、その記事を見てこの銭湯を訪れようという人がいても、その時にはもう廃業しているかもしれませんよ。」と。
 私は返す言葉に詰まり、「ここは古いからこそ魅力があるのです。」とだけお話しするのが精一杯だった。しかし、それは私の本音であり、だからこそ私はここに来ているのだった。

 そもそも私が古い破風造りの銭湯に、こんなにも熱中し、驚き、楽しむ理由は何なのか。それは一言では言いがたいものがあるが、大きく言って3つの理由があると自己分析している。
 一つにはその非日常性である。普通の銭湯にはないものを求めて古い銭湯を訪れる。その非日常性を感じ、自分をリフレッシュさせる力とするのだ。経済性ばかりを追求するこの時代に、破風造りのように、「何もそこまで立派で、無駄な空間を作らなくても良いのではないか。」という風潮があるが、私はこれこそが銭湯の魅力であると感じている。
 二つ目は破風造りそのものの建築的な意味である。私はかりにも一級建築士であり、土建屋エンジニアの端くれである。専門は衛生工学であり、エネルギー工学である。だから銭湯は私の専門分野であると言っても過言ではない。そもそも、建築では木と水は最も相容れないものの組み合わせである。木は水を嫌い、水は木を腐らせる。しかし、この破風造りはそれを見事に実現している。木造でありながら、何十年という年月に耐えているのだ。これ自体に私は驚異の念で接しており、だから、破風造りの銭湯は建築的な価値が非常に高いと思うのである。破風造りの銭湯は大切な文化財なのである。
 三つ目の理由はかなり精神的なものである。私は昭和の生まれであり、昭和に生まれたこの破風造りに抱かれることで、昭和の自分に戻るのである。人生を振り返るにはそれなりに重みのある空間に身を置かねばならないのである。

 だから月の湯の若女将さんに言いたい。そういう目でこの銭湯を見ている人もいるのだと。私は商売のお手伝いは一切できないが、銭湯の良きファンであり続けたいと思う。
 その月の湯であるが、すごい事実を知らされた。その事実とは、タイルに秘められている。写真をよく見てほしい。床のタイルが亀甲になっているのである。このような六角形のタイルはもう製造されておらず、補修することが非常に困難なのだそうだ。
 タイルの秘密はまだある。写真をよく見ると、出隅部、入隅部に役物のタイル(「竹割」と言うらしい)が使われている。このことで、掃除がしやすく、人間に対しても優しい造り(あたっても怪我をしにくい)になっているのだ。このタイルももう製造されていないという。

 壁画は2面。上の壁画は富士山。平成14年10月、西伊豆と記された壁画の作者は早川氏。富士山の山頂は男湯側にあり、女湯側はちょっと寂しげな構図だ。下のタイルは石川の九谷焼で、作者は有名な章仙氏(本名は「石田庄太郎」)。
 脱衣室にはロッカーが20個あるが使われておらず、籠を使う。浴室の洗い場は15箇所。浴槽は2槽で、深風呂と浅風呂がある。深風呂はかなり深く、水深が100cmもある。湯温は38℃と表示されているが、結構熱い。42℃はあるだろう。
 便所には面白い注意書きを発見した。「西も東もよごすなよ。南の人が北ながる。」である。もちろん「皆々が汚ないと言っていやがる。」という意味である。

 月の湯を出て改めて振り返ると、もみじの木がうまい具合に生えていることに気付いた。秋になるといっそう月の湯が映えそうだ。
 月の湯の周辺には、すぐの場所に、東京コープと中島屋酒店がある。風呂あがりには、東京コープでアイスクリームを買ってかぶりつくか、所狭しと商品が並べられている中島屋酒店でビールを買うか。迷うところだ、、、。


住所 入浴料 サウナ TV 営業時間 定休日
東京都文京区目白台3-15-7 400円 × × 16:00〜23:00 金曜日

※ 入浴料はサウナ料金込で表示
※ TVはサウナ内にTVがあるかを表示
取材:銭湯愛好会東京支部
取材日:2004年8月21日(土)



 
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